妥協の産物

丸というものは、よく「完全なもの」のたとえに使われますが、そう都合よく「完全なもの」なんてものは存在しないのが普通です。普通に生活していてもある程度の妥協を余儀なくされる場面というのはたくさん存在するはずです。

さて、同じことはTASにも言える話です。「理論上最速」という建前だけが独り歩きしてしまったがために「完全無欠」「完璧」なんてイメージが定着しちゃっている感じがしなくもありませんが、実際のところTASなんてものは妥協の産物の塊だったりします。今日はTASにおける妥協の産物のうち、最も誤解の多いものだろうと思われるあるものについてお話ししましょう。

 

よく巷で「TASさんは乱数調整できるので運ゲーなんてないに等しい」といった具合の言説を耳にします。きちんとTASと向き合っている人には、この文言に大きな誤解が潜んでいることがよくお解りでしょう。結論から申し上げます。一般に、TASにおいて乱数調整は屈辱的な妥協の産物です。それはなぜか、乱数調整がどのような性質のものであるのかを知ればおのずと理解できるはずです。

まず、そもそも乱数とは何ぞやという話をしましょう。適当に何回かサイコロを振ったとき、たとえば、3,5,1,6,2,2,3,4,1,5,…とランダムに1~6の数字が出てくるはずです。これらの数字は、ランダムに並んでいる、すなわち前後の脈絡がないので、次に何が出るのか完全に予測不可能です。このようなでたらめな数字の並びを(自然)乱数列と呼び、そのそれぞれの数字を乱数と言います。ランダムに発生する事象や、確率的に発生する事象を起こすかどうか(起きるかどうか)の判断に、この乱数を使用することができます。そのため、多くのゲームで、敵からどのアイテムがドロップするか、クリティカルヒットになるかどうか、といった運要素を決定するために乱数が用いられています。一方、サイコロを振り続けて得られるような、真にランダムな乱数列はコンピューターでは生成できないため、ある規則に基づいてランダムに見える数列を生成し、それを乱数として使用します。これは、ある規則に基づいているため、その規則が何であるかさえわかれば、現在の乱数の値をもとにして将来の乱数を完全に知ることができます。このような乱数は、疑似乱数と呼ばれます。ゲームやシミュレーションなどで使用される乱数はすべてこの疑似乱数です。すなわち、ブラックボックスをのぞき見してしまえば「都合のいい」乱数がいつ出るのかを完全に知ることができます

さて、乱数が何であるかが分かったところで、乱数調整とは何ぞやという話をしましょう。先にも述べた通り、ゲーム中の乱数は疑似乱数なので、原理上は将来何が起こるのか完全に予測が可能です。(「原理上は」と書いたのは、実際にそれを知るためには内部のプログラムがどのようになっているかを知らなければ予測ができないためです。)そのため、TASさんたちは、欲しいアイテムを何個も手に入れたり、クリティカルヒットを何度も当てたりするために、「都合のいい」乱数を引き当てる必要が出てきます。そして、一部のゲームではその「都合のいい」乱数が何であるのか、それがいつ出るのかまで知ることもできます。ここまではいいのです。この「都合のいい」乱数は、必要な時にジャストで引き当てたいのですが、この世界でそんな都合のいいことはまず起こらないのです。望んだ時に望んだ乱数を引き当てることは、TASさんの力をもってしてもそもそもほぼ不可能です。そこで、TASさんに残された選択肢は次の2つとなります。

  • あきらめる
  • 目的の乱数が出てくるまで待機する

この2つの選択肢は、そのどちらも採用される可能性があるものです。順にみていきましょう。

 

1. あきらめる

文字通り、乱数を引けなかったままで続行します。もしも望みの乱数を引き当てられていたら得られたはずの短縮は手放すことになるため、基本的にはこの選択はしないのが普通です。ただし、そもそも不要不急で、あとからでも問題がないケース(例えば○○までに××を△△個調達しておきたいので道中でちまちま調達する、といった場合)では、この選択肢を取っても問題ないことが多いです。

2. 目的の乱数が出てくるまで待機する

いわゆる「乱数調整」と呼ばれるのがこの選択です。望みの乱数を引き当てられていれば得られたはずの短縮を手放したくない場合、この選択を検討しなければなりません。しかし、そもそも乱数調整は(何らかのイベント待ちや強制スクロールなどで、操作してもしなくてもタイムが変わらない場面を除けば)単なるロスでしかありません。つまり、(乱数調整ににかかる時間) > (得られる短縮) となってしまえば元も子もありません。赤字になるぐらいならあきらめた方が速いという結論になってしまいます。ただし実際には、よほどの低確率な事象でもない限り赤字になることはあまりないです。しかしながら乱数調整は本来的には不要であるはずの要素であるということは非常に重要です。まさに妥協の産物であることがお解りでしょう。

 

ここまで読んだ方はもうお気づきですね、「TASさんは乱数調整できるので運ゲーなんてないに等しい」のではなく「TASさんですら乱数調整しなければならないほど運ゲーはどうにもならない」のです。

 

やっぱり運ゲーってクソだわ